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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)9465号 判決

原告

神取照子

被告

株式会社前田組・茨木市

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一五九七万一八三二円及びこれに対する平成八年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、原動機付自転車に乗って走行中、道路上に置かれていた工事用鉄板によって生じた段差のために転倒して負傷したとして、右鉄板の置かれていた道路を占有する工事会社である被告株式会社前田組(以下「被告前田組」という。)に対し、土地工作物責任(民法七一七条一項)又は不法行為(同法七〇九条)に基づき、道路の管理者である被告茨木市に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項に基づき、損害賠償を請求している事件である。

一  争いのない事実等(証拠により認定する場合には証拠を示す。)

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成八年二月二〇日午後六時五〇分ころ

(二) 発生場所 大阪府茨木市豊川四丁目二番先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故車両 原告運転の原動機付自転車(神戸東に四三九四号、以下「原告車両」という。)

(四) 事故態様 本件事故現場で原告車両が転倒した(以下「本件事故」という。)。

2  当事者等

(一) 本件事故現場は、道路法三条四号にいう市道であり(市道南清水町豊川二丁目線。以下「本件市道」という。)、被告茨木市は本件市道の維持、修繕その他の管理を行うものである(弁論の全趣旨)。

(二) 被告前田組は、土木建築請負業等を目的とする抹式会社であり、被告茨木市から本件事故現場付近の市道の道路舗装工事(「市道南清水町豊川二丁目線道路舗装工事」)を請け負い(以下「本件工事」という。)、本件事故当時、本件事故現場付近の本件市道の占有許可を得て、これを占有した上、本件工事を施工し、本件事故現場付近の本件市道上に工事用の養生鉄板を設置していた(乙一六、弁論の全趣旨)。

3  原告の受傷及び治療経過

(一) 原告は、本件事故により、左脛骨高原骨折、左脛骨顆間隆起骨折、左膝血腫の傷害を負った(甲二)。

(二) 原告は本件事故により以下のとおり入通院した(甲四ないし七)。

(1) 平成八年二月二〇日、友紘会総合病院に通院。

(2) 平成八年二月二〇日から同年二月二六日まで(七日間)茨木医誠会病院に入院。

(3) 平成八年二月二六日から平成八年五月一八日まで(八三日間)大阪第二警察病院(以下「警察病院」という。)に入院。

(4) 平成八年五月二〇日から同年一〇月一七日まで(実通院日数一〇日)警察病院に通院。

4  損害のてん補等 四八万四四七七円

原告は、被告前田組から、右のとおり金員の支払を受けた。

日付

金額

名目

(一)

平成八年二月二一日

二万円

お見舞い金

(二)

同年二月二六日

一〇万九五九五円

入院費用

(三)

同年三月一二日

五万三六五七円

入院費用

(四)

同年三月二二日

六万〇九二五円

保健医療返り金

(五)

同年三月三〇日

二四万〇三〇〇円

入院費用及び生活費

二  争点

1  被告らの責任原因

(原告の主張)

(一) 本件事故現場の状況及び事故の態様

原告は、前記一、1記載の日時ころ、原告車両を前照灯を点灯して、時速約三〇キロメートルで運転して本件事故現場付近に至った。原告は、本件事故現場の交差点(以下「本件交差点」という。)の手前で減速し左折しようとしたところ、本件事故現場の交差点の南西角に鉄板が敷かれており、右鉄板により段差が生じていたため、右鉄板の縁に原告車両の前輪タイヤを取られ、転倒した。

なお、本件事故現場の交差点には、右鉄板を照らすための照明設備は設置されておらず、鉄板の設置及び危険を告知する方法を講じていなかった。

(二) 被告前田組の責任

被告前田組は、本件事故現場に鉄板を設置したものであり、その設置又は保存に瑕疵があり、また、右鉄板を設置するに際し、工事上必要な注意を怠ったものであるから、民法七一七条及び七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。

(三) 被告茨木市の責任

被告茨木市は、本件事故現場の道路を管理するものであり、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるというべきであるから、国賠法二条一項に基づき損害賠償責任を負う。

(被告らの主張)

(一) 本件事故現場の状況

本件交差点の手前(南側)には、工事標示板、徐行標示板、段差標示板、お願標示板が設置されており、本件交差点付近には、カラーコーン、保安灯が設置されており、本件交差点付近が工事中であることは容易に分かる状態であり、かつ、原告車両の前照灯を点灯していれば、鉄板があることは認識することができる程度の明るさであった。また、鉄板の厚さは一・二センチメートルしかなく、この程度の段差は通常の道路においても頻繁に見受けられる程度の段差であって、右鉄板の設置自体なんら危険性を有しないものである。

(二) 被告前田組の責任(被告前田組の主張)

右に述べたとおり、本件事故現場付近は工事中であることが容易に分かる状態で、原告車両の前照灯さえ点灯していれば鉄板の存在を容易に知りうる状態だったのであり、鉄板による段差も危険性を有するものではなかったのであるから、通常の方法で通行していれば本件事故を回避することは十分可能であり、鉄板の設置保存に瑕疵はなく、また、右鉄板を設置するに当たって被告前田組が注意義務を怠った事実もない。本件事故は、原告が原告車両の前照灯を点灯していなかったために鉄板等に気が付かなかったか、もしくは原告のハンドル及びブレーキの操作ミスによって発生したものである。

(三) 被告茨木市の責任(被告茨木市の主張)

前記(二)と同じく、本件事故の原因は、原告の不適切な運転方法もしくは前方不注視によるものであって、本来道路が有するべき安全性を欠いていたためではないから、被告茨木市は、国賠法二条一項の責任を負わない。

2  原告の損害

(原告の主張)

(一) 治療費 一三〇万五九三〇円

原告は、友紘会総合病院、茨木医誠会病院及び警察病院に入通院し、右治療費として、合計一三〇万五九三〇円を支払った。

(二) 入院付添費 一二万八五七一円

原告は、平成八年二月二〇日から同月二六日まで(七日間)茨木医誠会病院に入院し、右同日から同年五月一八日まで(八三日間)警察病院に入院し、右入院期間中、原告の娘愛子が少なくとも一週間に二日間は付き添った。その費用として一日当たり五〇〇〇円が相当である。

(三) 入院雑費 一二万六〇〇〇円

入院期間九〇日にわたり、一日当たり一四〇〇円が相当である。

(四) 休業損害 二三二万一七八七円

原告は、本件事故により平成八年二月二〇日から、同年一〇月一七日までの二四一日間は完全に休業せざるを得なかった。平成六年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計女子労働者(四五歳から四九歳まで)の平均年収額三五一万六四〇〇円を基礎として、右期間の休業損害を計算すると、次の計算式のとおり二三二万一七八七円となる。

(計算式)

3,516,400÷365×241=2,321,787(円未満切り捨て)

(五) 後遺障害逸失利益 六五四万六九五四円

原告は、症状固定時四八歳であり、原告の後遺障害は、自賠法施行令第二条別表の後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)一二級に該当するから、原告はその労働能力を六七歳までの一九年間にわたり一四パーセント喪失した。したがって、原告の後遺障害による逸失利益は、平成六年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者(四五歳から四九歳まで)の平均年収額三五一万六四〇〇円を基礎として、新ホフマン方式により右一九年間の中間利息を控除して算出した標記金額となる。

(計算式)

3,516,400×0.14×13.116=6,456,954(円未満切り捨て)

(六) 傷害慰謝料 一九〇万円

(七) 後遺障害慰謝料 二五〇万円

(八) 弁護士費用 一五〇万円

(被告前田組の主張)

原告は、現在、店舗を構えて商売をしており、減収は生じていない。よって、逸失利益は認められるべきではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(責任原因)について

1  前記争いのない事実等、証拠(甲一、九ないし一九、二三[一部]、乙一ないし八、一〇ないし二〇、証人山田嘉英、原告本人[一部]、被告前田組代表者)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は南北にのびる歩車道の区別のあるアスファルト舗装された片側一車線の道路(歩道部分を除く幅員約六メートル)(「本件市道」)とこれとほぼ直角に交わり西にのびる歩車道の区別のあるアスファルト舗装された道路(歩道部分を除く幅員約五メートル、以下「東西道路」という。)とによって形成されているT字路交差点である(「本件交差点」)。本件市道は、本件交差点を北進すると国道一七一号線に至り、定期路線バスの通行路であることから、比較的交通量は多かった。

(二) 被告前田組は、平成七年一二月初めころ、被告茨木市から、工事場所を茨木市南清水町他地内・工事期間を平成七年一二月八日から平成八年三月一五日とする本件工事を請け負い、右平成七年一二月八日ころから本件工事に着手した。本件工事の具体的内容は、本件市道と国道一七一号線との交差点付近から本件市道を南下して、本件交差点の一つ南側にある最初の十字路交差点までの間の本件市道において、古い街渠を取り壊した上、新たにコンクリートを打設して街渠を付け替えるというものであった。そして、本件事故当時、本件事故現場付近における街渠の付け替え工事は、コンクリートの打設をすべて完了し、コンクリートの養生を残すのみであった。

(三) ところで、本件交差点の西南角には、本件事故の前から、本件交差点の東側に隣接する駐車場に出入りする大型車両が、夕刻にいわゆるバックによる車庫入れのため、街渠付近まで進出してくることから、新しく付け替えられた街渠のコンクリートの養生に支障を来すことと、右コンクリート打設に使用した型枠の撤去後に生じた舗装と街渠の間にある段差を覆うため、被告前田組によって街渠に若干重なるように縦二・四メートル、横一・二メートル、厚さ一・二センチメートルの鉄板が二枚敷かれており(南側の一枚は南北に、北側の一枚は交差点のカーブに合わせて若干北西向きにおかれていた。以下「本件鉄板」という。)、本件鉄板の設置により路面との間で約一・二センチメートルの段差が生じていた。

(四) 本件交差点の一つ南側の交差点には本件市道が工事中であることを示す看板(工事標示板)が設置されており、また、本件交差点の北西角及び本件市道の本件交差点の南方の西側にも反射灯(赤いランプが点滅するもの)付の工事用フェンスが並んでおり、本件交差点付近が工事中であることは容易に分かる状態であった。しかし、本件交差点付近には、鉄板による段差がある旨の表示はなされておらず、また、東西道路の本件交差点の若干西側付近には、本件交差点付近を照らす保安灯が設置されていたが、本件鉄板を直接照らすものではなかった。

なお、一・二センチメートル程度の段差をアスファルトで埋めることは、アスファルトの骨材自体が一・五ミリメートル以上あるため、不可能であった。

(五) 本件事故当日の日没時間は午後五時四七分ころであり、本件事故当時は真っ暗闇というほどではなく、本件交差点付近を照らす保安灯、本件市道の本件交差点の南方東側にある街灯等の明かりもあったため、前照灯を点灯していれば本件鉄板の存在を容易に知り得る状態であったが、前照灯を点灯していなければ本件鉄板の見分けが若干付きにくい程度の明るさであった。

(六) 原告は、本件事故日における平成八年二月二〇日午後六時五〇分前ころ、毎週火曜日と日曜日(火曜日は午後七時から、日曜日は午後二時から。)に出席しているエホバの証人の集会に出るため原告車両に乗って自宅を出発した。原告は、いつもどおりの道順で、山下橋を渡って、本件交差点の一つ南側の交差点を右折して、前照灯を点灯し、時速約三〇キロメートルほどで本件市道を北上して同日午後六時五〇分ころ本件交差点付近に至った。

原告は、本件交差点付近で減速し、本件交差点を左折しようとしたが、路面状態に全く注意を払うことなく前方しか見ておらず、本件鉄板に気づかなかったため、本件鉄板の縁にタイヤを取られ、転倒した。

(七) なお、本件事故以前に、原動機付自転車等の二輪車が本件鉄板の縁にタイヤを取られ転倒するという事故は発生していない。

2(一)  もっとも、被告らは、本件事故当時、本件交差点付近には多数の標示板が設置され、保安灯も点灯して、本件鉄板による段差の危険を告知していたと主張し、その証拠として乙九号証を提出し、被告前田組代表者も右に沿う供述をしているところ、証拠(乙九、被告前田組代表者)によると、乙九号証は本件事故後二、三日経過後、被告前田組の従業員が被告茨木市に対する報告用に作成した図面であり、同図面には本件鉄板の間近の位置に「お願い標示板」が一基、保安灯が二基とカラーコーンが設置されていたことが図示されていることが認められる。

しかしながら、証拠(乙一七ないし一九、証人山田嘉英)によれば、茨木警察署交通捜査係の警察官である山田嘉英巡査(以下「山田巡査」という。)が事故当日の午後九時ころ、現場確認のため同僚の警察官一名とともに本件事故現場に臨場し、ポラロイドカメラで本件鉄板付近の状況を撮影しているが(これが乙一七ないし一九の写真である。)、右写真三葉には、乙九号証に図示されているような標示板、保安灯、カラーコーンは写っていないことが認められるから、乙九号証は本件事故当時における本件鉄板付近の客観的状況を正確に図示したものということはできないのみならず、山田巡査もその証人尋問において、工事標示板以外の看板については特に見あたらなかった旨を証言していることや、前記認定の乙九号証の作成経緯をも併せ考えると、乙九号証の記載内容はにわかに信用しがたい。

(二)  一方、原告は、本件交差点付近に設置された保安灯は、本件事故当時点灯していなかったが、茨木警察署の警察官が本件事故現場に臨場した時には点灯していた旨主張し、原告本人及び証人久保知子もこれに沿う供述をし、甲二一号証、二三号証中にも同趣旨の記載がある。

しかしながら、証拠(乙一七、証人山田嘉英)及び弁論の全趣旨によれば、山田巡査らが本件事故当日午後九時ころ本件交通事故現場に臨場した時には保安灯は点灯していたこと、山田巡査は、本件事故について、本件事故日の翌日被告茨木市に対してのみに報告し、被告前田組にはこれを報告していないこと、本件交差点付近にあった保安灯は自動的に点灯するものではなく、手動式であること、以上の事実が認められ、右各事実からすれば本件事故当時も右保安灯は点灯していたものと推認せざるを得ないから、前記原告及び証人久保知子の各供述、甲二一号証、二三号証中の各記載部分はいずれも信用することができない。

3  さらに、被告らは、原告は前照灯を点灯しておらず、また、本件事故はそもそも本件鉄板が原因ではなく、原告のハンドルとブレーキの操作ミスが原因である旨主張するが、原動機付自転車は昼間であっても前照灯の点灯が法律上義務づけられているのであり、日没後一時間程度たった暗さの状況では、前照灯を点灯しないで走行することは通常考えにくいところであるし、原動機付自転車が通常の速度で左折する限り、路面に異常がない限り転倒することなど通常はあり得ず、原告が特段異常な方法によって左折したとの事情が認められない本件においては、原告車両のタイヤが鉄板の縁に取られて転倒したと認めるのが相当であり、この点に関する被告ら主張は、採用することができない。

他に前記1の認定を左右するに足りる証拠はない

4  ところで、国賠法二条一項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があったと見られるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきであり、民法七一七条の土地工作物の設置又は保存に瑕疵があったと見られるかどうかについても同様に判断すべきであるところ、前記一の1で認定のとおり、本件鉄板は、本件工事に関し、付け替え工事の完了した街渠のコンクリート養生及び保護と右街渠と舗装部分の間の段差から原動機付自転車等の二輪車や通行人を保護するために、本件交差点の南西角に設置されたものであること、本件鉄板による段差は約一・二センチメートル程度であって、このような段差は通常の道路においても頻繁に見受けられるわずかなものであったこと、本件事故現場付近の状況に照らすと、本件事故当時、本件交差点付近が工事中であることを容易に知ることができる上、保安灯及び街路灯の明かりもあり、しかも、原告は、原告車両の前照灯を点灯し、かつ、減速したというのであるから、前方注視を怠りさえしなければ、本件鉄板の存在を容易に発見することができる状態にあったこと、現に本件鉄板が設置されて以降、過去に本件事故に類似の事故は発生していないこと、以上のとおり認められ、これらの点を総合考慮すれば、本件交差点付近を通行する車両に対し、本件鉄板による段差の存在による危険を表示し、注意を喚起する等の措置を講じなかったとしても、これをもって公の営造物についての設置又は管理の瑕疵があったということはできず、また、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があったということもできないし、かかる措置を講じなかったことにつき過失の存在を認めることもできない。

二  そうすると、本件事故につき、被告前田組は民法七一七条一項及び民法七〇九条に基づく損害賠償責任を、被告茨木市は国賠法二条一項に基づく損害賠償責任をいずれも負わないというべきである。

第四結論

以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤 齋藤清文 三村憲吾)

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